主屋:明治(1868-1911/1912-1925増築)
兵庫県朝来市生野町口銀谷477
木造2階建、瓦葺、建築面積361㎡、1棟
登録有形文化財
※2018.09.23撮影
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| 明治末期の高野口駅周辺。 葛城館らしき3階立ての建物も見える。 |
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| 葛城館裏側 |

露伴は自分の家を「かたつむりの家(蝸牛庵)」と呼び、やどかりのように幾度となく住まいを変えている。隅田川の東にあったこの家もその内の一つで、明治30年(1897)からの約10年間を過ごしている。周辺には江戸時代から豪商の寮(別邸)や下屋敷が多く、この建物もその雰囲気を伝えるとともに、深い土庇のある座敷には水鳥を形どった釘隠しが付けられ、墨東の名残もとどめている。町屋と異なり、まわりの広い庭に自由に延び拡がった建物で、廊下を軸に玄関、和室、付書院のある座敷が千鳥に配されている。
明治初年に建てられたこの家は、間口5.5m、奥行13.2mの町屋で、木造二階建桟瓦葺、両側面には和風のたて板を全面に張っている。本屋は軒の低い二階建、前面に一間程の庇を出して店構えとし、内部片側に通り土間を通す形式は、当時の町屋の典型的な形である。しかし、店前に余裕をもたせるため、左側一間分はそのままにして店と通り土間の前を奥へ下げている。二階の窓は戸袋を片側に寄せ、低い軒下を開け放って障子をいれている。
内部一階右側は通り土間で、左に店、座敷が並ぶ。通り土間のほぼ中央、壁寄りには、屋根裏まで抜ける換気用の吹き抜きがある。二階では壁に囲まれて煙突状になっている。 一階の店の隅から二階への階段がある。二階は厨子二階とも呼ばれた屋根裏部屋が発展した形で、広い座敷二部屋と納戸になっている。天井が一部傾斜しており、屋根裏部屋の名残をとどめている。
明治村は、昭和44年(1969)この建物を解体保存していたが、十数年を経た昭和58年(1983)12月 に移築公開した。移築に当たり、広い蔵の内部を明治村の収蔵庫兼展示場に利用するため、鉄筋コンクリートで新たに地下室を設けるとともに、内部構造の一部 を変更した。南半分は旧来の蔵造として遺したが、北半分は鉄筋コンクリート造に置き換え、下見板を張り廻して外観の様式を整えた。