2016年8月17日水曜日

別府八湯(鉄輪)の町並み①-大分県別府市(2016.07.11)

■別府八湯(鉄輪)の町並み
大分県別府市鉄輪
http://www.kannawaryokan.com/
※2016.07.11撮影
※2016.07.12撮影

別府市街と明礬温泉との中間にあり、いまだに湯治の雰囲気を残す温泉街。貸間旅館が建ち並び随所から湯けむりの立ち上る鉄輪温泉の景観は、別府の湯けむり・温泉地景観として国の重要文化的景観に選定されている。湯治客は貸間旅館にある温泉の蒸気を利用した装置「地獄釜」で自炊しながら長逗留する。温泉の蒸気は部屋の暖房にも使われている。周辺に多様な地獄が存在することから分かるように、泉質も単純泉、食塩泉、炭酸鉄泉など多彩である。岩風呂・砂湯・瀧湯・露天風呂など、さまざまな温泉が楽しめる外湯のひょうたん温泉を代表に、大小多数の温泉施設や、食材の持ち込みも可能で手軽に地獄釜を利用できる地獄蒸し工房もある。別府地獄めぐりの中心に位置し、周辺には海地獄、鬼石坊主地獄、山地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄などの観光施設や、大衆演劇の芝居小屋ヤングセンターなどの娯楽施設も存在する。

鉄輪地獄地帯公園の付近には日本で最初の地熱発電に用いられた泉源跡があり、また、野菜・花きの温泉熱利用による栽培、育種の研究が行われている花き研究所がある。開湯伝説によれば、鎌倉時代広大な地獄地帯であったこの地を一遍が火男火売神社の祭神の導きで最初に整備したとされ、今でも一遍が開いたとされる蒸し湯跡(別府市営温泉「鉄輪むし湯」の向かい)がある。毎年9月には鉄輪湯あみ祭りが開催され、蒸し湯のそばの温泉山永福寺では、上人像を渋の湯などで洗い清める「湯あみ法要」が行われる。温泉街の山手の坂を登った先には温泉神社がある。




















■湯治の宿「大黒屋」※今回の逗留宿①(^-^)
大分県別府市鉄輪上3組
0977-66-2301
http://www.daikokuyaryokan-beppu.com/
※2016.07.11撮影
※2016.07.12撮影



















■鉄輪むし湯
建治 2(1276)年
平成18(2006)年 リニューアル
大分県別府市鉄輪上1組
0977-67-3880
営業時間 6:30~20:00(第4木曜日定休)
入浴料:500円 ※他浴衣レンタル210円
泉  質 ナトリウム塩化物泉
効  能 神経痛・筋肉痛など

「一夜千両のお湯が湧く」と歌われる別府温泉の中でもひときわ賑わう鉄輪温泉街にむし湯はある。鎌倉時代の建治2年(1276)に一遍上人(いっぺんしょうにん)によって創設され、受付の前には一遍上人の木像 が安置されている。ここのむし湯は独特の形式をとっており、1メートル四方の木戸を開けて中に入ると約8畳ほどの石室がある。 温泉で熱せられた床の上には石菖(せきしょう)という清流沿いにしか群生しない薬草が敷きつめられていて、 その上に人が横たわる。石菖はすばらしい香りで「豊後鉄輪、むし湯の帰り、肌に石菖の香が残る」と 詩人の野口雨情が詠っているほど。





















◆旧鉄輪むし湯跡


















◆安楽屋

むし湯が新築移転するまで、長い間むし湯のすぐそばという立地条件に恵まれた衣料品店の安楽屋。大正12年「豊後温泉地旅館名簿」では鉄輪・明礬の各旅館に続き、「雑貨商安楽屋」が掲載されている。電話番号は一九番とかなり早く取得しており、経営者名は後藤熊吉。現在の鉄輪東の出身で、海軍に行ったあと、商売を始めた。非常に商売熱心で、戦前、店の前で染め物の作業に励む姿を見たことがあると語る人は多い。「なっせん(捺染)」といって、器具を使って模様をプリントする作業だった。昭和40年に隣接する平野屋旅館が火事で焼けたため、敷地の半分を購入し翌年鉄筋コンクリート造り3階建てを増築した。新しい店で婦人服、子供服、紳士服などを売った。ちなみに元からある木造2階建ては昭和8年の建て替え。

懐かしの別府ものがたり
今日新聞、懐かしの別府ものがたり特集ブログ「No1071 鉄輪物語」より
http://today.blogcoara.jp/natukashi/2010/10/no1071-c73c.html




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