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2018年9月13日木曜日

【兵庫県】朝来市(未確認物件)

◆個人宅(綾部家住宅)
兵庫県朝来市生野町口銀谷2120
登録有形文化財

◆個人宅(今井家住宅)
兵庫県朝来市生野町口銀谷534-1
主屋:江戸(1830-1867)、木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積269㎡、1棟
西塀:江戸(1830-1867)、木造、瓦葺、延長8.2m、1棟
登録有形文化財

◆個人宅(桑田家住宅)
兵庫県朝来市生野町口銀谷800
主屋:江戸(1751-1829)、木造平屋建、瓦葺、建築面積130㎡、1棟
土蔵:江戸(1751-1829)、土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積15㎡、1棟
住宅門及び塀:江戸(1751-1829)、木造、瓦葺、間口1.6m、塀延長30m、1棟
登録有形文化財

◇播磨屋本店

◆北真弓公民館
兵庫県朝来市生野町真弓183



ψ ψ ψ ψ ψ ψ ψ

◆ムーセ旧居
兵庫県朝来市佐嚢1826-1

ムーセ旧居は、明治4年12月ごろから翌年以降にかけて生野鉱山に建設されたであろう五棟の外国人宿舎のひとつであり、そのうちの一番館(二階建て)と二番館(平屋建て)は、生野鉱山から少し離れた白口にあったものである。後に神子畑に移築されたのが二番館であり、現在のムーセ旧居である。鉱山開発に携わったフランス人技師たちのうち、ムーセやコワニエたち幹部妻帯者の居住宿舎として使用されていたとのことである。神子畑鉱山の開発にともない、明治20年にこの地に移設され、事務舎、診療所として利用され、これまで、ムーセ旧居の名称で親しまれてきた。平成4年に県指定重要有形文化財(建築物)の登録を受けた。その後、建物の老朽化が進み、また国道429号バイパス計画により、県補助を受け当初位置より北西側に移築復元したものである。コロニアルスタイル(植民地様式)と呼ばれる特徴を持ち、七間四方の四周には、ベランダをめぐらし、外壁の四隅には石を積み上げたように見せるコーナー・ストーンの技法が使われている。今回の修復では、神子畑に移設後のスタイルに復元したが、付属の管理棟は、生野鉱山時代の写真を元に復元整備をしたものである。暖炉が発見された炉石を元に、3箇所を復元したが、暖炉飾りには明治時代後半の神戸の異人館の形状を参考にして復元整備をしたところである。設計者は、明治政府が招聘したお雇い外国人技師のJ・レスカスであったという記録も残っており、明治初年の建築文化を知る上で貴重な遺産となっている。なお、建築年度は、明治5年頃とされているが、コワニエの来日、生野鉱山入りが慶応4年、ムーセの生野鉱山入りが明治4年12月であり、生野町の西福寺、金蔵寺に入居し生活をしていたが、より快適な生活を保障する必要から、明治5年以後の比較的早い時期に建築されたものと思われる。また、屋根瓦に菊花のご紋章があり、明治22年から7年間、宮内省財産(御料局生野支庁)となったことの名残でもある。いずれにしても、明治初年の建物であり、神戸の異人館等と比較しても、より早い時期に建てられたものであり、その意味からも貴重な建物といえる。
ー朝来市ホームページより転載ー

◆神子畑選鉱場跡
兵庫県朝来市佐嚢1826-1

◆神子畑鋳鉄橋(みこはたちゅうてつきょう)
明治/1883~1885
兵庫県朝来市佐嚢字水田1637の7番地及び1645の3番地間
鉄製、単径間アーチ橋、手摺付、1基
登録有形文化財

◆個人宅(進藤家住宅・通称『千年家』)
兵庫県朝来市佐囊字永家1286
登録有形文化財

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◆山口公民館(旧山口村役場)
大正14(1925)年
兵庫県朝来市山口116

ψ ψ ψ ψ ψ ψ ψ

◆和田山駅
明治39(1906)年 開業
昭和18(1943)年 漏電により駅舎焼失
昭和51(1976)年 現駅舎に改築
兵庫県朝来市和田山町東谷字藤原184-5

◆旧和田山機関庫 煉瓦倉庫
大正元(1912)年
兵庫県朝来市和田山町東谷字藤原

◆上垣医院
昭和 5(1930)年
兵庫県朝来市和田山町和田山47

◆本町公民館
兵庫県朝来市和田山町和田山306

◆朝来市役所南庁舎
兵庫県朝来市和田山町和田山372-1

◆旧糸井郵便局
兵庫県朝来市和田山町和田山859

◆竹田資料館
兵庫県朝来市和田山町竹田

◆旧木村酒造
兵庫県朝来市和田山町竹田字上町西側363
登録有形文化財

◆旧竹田中学校
兵庫県朝来市和田山町柳原90番地
登録有形文化財

◆和田山町立糸井中学校(現ユニタイト㈱和田山工場)
兵庫県朝来郡和田山町高生田
登録有形文化財

◆赤淵神社本殿(あかぶちじんじゃほんでん)
室町中期/1381-1427頃
兵庫県朝来市和田山町枚田
三間社流造、こけら葺、1棟
登録有形文化財

◇朝来市和田山郷土歴史館
兵庫県朝来市和田山町寺内123

◇道の駅 あさご
兵庫県朝来市多々良木字牧野213-1

◇あさご芸術の森美術館
兵庫県朝来市多々良木739-3

◇黒川温泉~美人の湯~
兵庫県朝来市生野町黒川456

◆個人宅(日下家住宅)
兵庫県朝来市山東町粟鹿字西谷2097他
登録有形文化財

2017年1月6日金曜日

【兵庫県】赤穂市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

赤穂観光マップ

御崎マップ

坂越マップ

■日本塩回送赤穂支店
兵庫県赤穂市城西町24

■日本海水赤穂工場事務所
兵庫県赤穂市加里屋字加藤974

■ラヂオ湯※2015年7月15日火災で全焼(ToT)
兵庫県赤穂市尾崎287
0791-42-5804
営業時間 17:00~22:00
定 休 日 1・6のつく日

■妙見寺
8世紀中期(伝)
兵庫県赤穂市坂越1307-1
山  号 宝珠山
宗  派 真言宗
本  尊 如意輪観音
開  基 行基(伝)
別  称 妙見寺観音堂
児島高徳朝臣の墓

■妙道寺
享徳 5(1532)年
兵庫県赤穂市坂越1444
山  号 光明山
宗  旨 浄土真宗
宗  派 浄土真宗本願寺派
本  尊 阿弥陀如来
開  基 学西
本  堂 享保19(1734)年 再建
山  門 宝暦 3(1753)年 再建
鼓  楼 寛保 2(1742)年 建立
鐘  楼 寛延 2(1749)年 建立
納 骨 堂

■茶臼山城跡(播磨国)
嘉吉年間(1441年~1444年)
別  名 茶臼山砦
城郭構造 山城
天守構造 不明
築 城 主 山名持豊
主な城主 山名氏、赤松氏
再建造物 城跡碑、説明碑

2016年12月4日日曜日

【石川県】小松市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所
 
■小松市立空とこども絵本館《絵本館ホール》(旧石川商銀信用組合小松支店)
昭和 5(1930)年
石川県小松市京町19-5
鉄筋コンクリート造2階建、建築面積143㎡、1棟

加能合同銀行小松支店として建設と伝える。スクラッチタイル張、コーナーに円筒形の階段室塔屋を配した建築構成に特徴がある。ドリス式オーダーに半円アーチやイオニア式キャピタルなどを組合わせた玄関枠の意匠と内部階段室の螺旋状階段の造形に見所がある。

■やまきゅう(旧山本久次商店)
昭和 5(1930)年
石川県小松市京町73

辰村組によって設計施工された。構造は鉄筋コンクリート造2階建てである。 平成3(1991)年に社名を山久(やまきゅう)に変更している。 以前の外壁は白色を基調にしていたが、現在は旧石川商銀信用組合小松支店と同じ茶色の外壁に塗り替えられている。

■小松市立空とこども絵本館(旧小松警察署庁舎)
昭和 7(1932)年
石川県小松市小馬出町10-3
階段室 鉄筋コンクリート造3階建、建築面積17㎡、外壁 鉄筋コンクリート造、延長42m、1棟

鉄筋コンクリート造,3階建の階段室及び三方に廻る外壁が当初のままで残る。外観は下層に筋面タイルを貼り,上層を洗い出し仕上げとする。正面中央上部のレリーフ,上層の窓上部の半アーチ形のタイル貼や陶器製の獣頭等で随所を飾り,特徴ある外観を形成する。

■石川県立小松高等学校《記念館》(旧石川県立第四中学校)
明治32(1899)年
石川県小松市丸内町二の丸15番
石川県第四中学校
石川県立第四中学校
石川県立小松中学校(小松高女)
能美郡立実科高等女学校
石川県能美郡高等女学校
石川県立小松高等女学校(小松市立高女)
小松実科高等女学校
小松市立高等女学校

■中出生肉本店
石川県小松市龍助町2

■個人邸
石川県小松市材木町

■能口建具店
石川県小松市龍助町

■北国銀行小松中央支店(旧西町支店)  
石川県小松市龍助町36
石川県小松市土居原町486

♨小松
石川県小松市本折町
石川県能美郡小松町字本折町(旧住所)

2016年10月30日日曜日

【大阪府】羽曳野市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

後ほど調査

【大阪府】藤井寺市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

後ほど調査

【大阪府】柏原市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

■築留二番樋
明治元(1868)年~明治44(1911)年
大阪府柏原市上市2-320
煉瓦造単アーチ樋門、長さ55m、幅2m、1基

市中心部、長瀬川が大和川から分派する地点に築かれる。坑口は、直径約1.6mの3枚厚の半円アーチからなる馬蹄形断面で、坑門とそこから斜めに張り出す翼壁上部に花崗岩の笠石を載せる。小規模ながら、明治の近代河川景観の様を今に伝える貴重な構造物。

■天理教北阪分教会教職舎(旧高岡石松邸)
昭和14(1939)年
大阪府柏原市片山町1-19
木造3階建、瓦葺、建築面積306㎡、塔屋付、1棟
設計/施工・本モーラ土建研究所

2階建に望楼を載せた木造3階建で、八角形の塔屋をあげ、屋根は緑釉瓦葺とし、千鳥破風やコーニスなど和洋折衷の変化に富んだ外観を構成する。壁体は「モーラ式構成網」という特殊な金網を用いたコンクリート造で、類例をみない。

■カタシモワインフード貯蔵庫
大正元(1912)年~大正14(1925)年
大阪府柏原市太平寺2-9-14
木造及び鉄筋コンクリート造2階建、鉄板葺、建築面積48㎡、1棟

堅下ワインの醸造に係わる貯蔵施設で、1階をワイン貯蔵室、2階を資料室とする。陸屋根の2階建で、柱や梁は木造軸組、外壁と床を鉄筋コンクリート造とした。混構造の初期事例。全体に簡素であるが、数少ない地場産業施設であり、地域の景観を演出している。

■寺田家住宅
江戸/寛延4(1751)年~文政12(1829)年
大阪府柏原市今町2-1-14

▶主屋
木造平屋建、瓦葺、建築面積203㎡、1棟
旧奈良街道に西面して建つ。切妻造、本瓦葺、平入、正面下屋庇付のつし2階建町家で、北半は居室部、南半は土間部として、北妻は段違いで座敷を延ばす。正面の上部は壁から軒裏まで漆喰塗とし、虫籠窓や1階の多彩な格子など、風格のある佇まいを呈している。

▶離れ
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積171㎡、1棟
東西に細長い敷地東側にある。北側は切妻造、本瓦葺の平屋建で、南側はT字型の中2階建になり、入母屋造、桟瓦葺とする。東・西面のほぼ中央に式台玄関を設ける。内部は瀟洒な書院造風に纏められており、巧緻な板欄間など要所に凝ったつくりがみられる。

▶内蔵
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積29㎡、1棟
主屋後方にあり、蔵前が主屋と連続している。南北棟の切妻造、土蔵造2階建で、外壁は腰を「柏原舟」の舟板を用いた縦板張とし、中間を石張風につくり、上部は漆喰塗で鉢巻を廻す。屋根は置屋根式瓦葺で、桁・垂木まで漆喰塗とするなど、丁寧なつくりである。

▶土蔵
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積29㎡、1棟
敷地のほぼ中央にある。東西棟の切妻造、瓦葺、土蔵造2階建で、南面に戸口を設ける。基礎は花崗岩布積、外壁は腰を縦板張とし、上部は桁・垂木まで漆喰塗とする。2階妻面には鉄格子入、小庇付の窓を設ける。堅牢なつくりで、屋敷構成に欠かせない要素。

▶米蔵
土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積85㎡、1棟
敷地のほぼ中央、北面して建つ。南北棟の切妻造、妻入、瓦葺の土蔵造中2階建で、東に切妻造、平屋建の納屋を附属し、北面に一連の吹放しの下屋庇を架ける。下部は縦板で覆い、上部は軒裏まで漆喰塗とする。屋敷構成に欠かせない要素で、つくりも丁寧である。

▶南門
木造、瓦葺、間口3.0m、1棟
敷地南辺の中央西寄りに構える。真壁造で、中央に門口を設け、内開き戸をつけ、西側は一室の納屋として、内側に引違戸をつける。屋根は切妻造、本瓦葺とし、一軒疎垂木の化粧屋根裏で、梁組と束立の小屋組をみせる。米蔵とともに屋敷南辺の景観を整えている。

▶東門
木造、瓦葺、間口1.8m、1棟

東西に長い敷地の東辺中央にある。小規模な薬医門であるが、親柱上に絵様付肘木をのせ、冠木と梁を受ける。軒は一軒疎垂木、屋根は切妻造、本瓦葺で、冠木も瓦棒板葺屋根で覆う。離れ東面の式台玄関に応じた位置にあり、屋敷後方の景観をかたちづくっている。

2016年9月16日金曜日

【愛媛県】松山市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所
 
■愛媛県庁舎
昭和 4(1929)年
愛媛県松山市一番町四丁目4番地2
設計:木子七郎

■萬翠荘(旧久松定謨伯爵邸)
大正11(1922)年
愛媛県松山市一番町3-3-7
設計:木子七郎
http://www.bansuisou.org/

松山藩最後の藩主久松定昭の嗣子、久松家第15代定謨さだことは、陸軍武官として長く欧州に駐在し、退役後この地に純フランス風の別邸・萬翠荘を建築した。

建物は、鉄筋コンクリート造地上3階、地下1階、中央に重厚な車寄を置き、屋根は頂部を緩勾配の銅板で、下部を急勾配の天然スレートで葺く。外装にはタイルを用い、車寄・玄関扉・窓・手摺・屋根窓に至るまで欧風の薫り高い意匠でまとめられている。内部も玄関ホールの左右に建つ万成石の独立柱をはじめ、チーク材の階段手摺、大型のステンドグラス、マントルピースなどがロココ調の家具と相まって優美な雰囲気を醸し出す。設計は、欧米外遊から帰朝直後の建築家・木子七郎が担当し、本格的な鉄筋コンクリート構造の建物を初めてこの地方に導入した。予定を繰り上げて大正11(1922)年11月に竣工し、陸軍大演習の後に来松された皇太子(後の昭和天皇)の宿泊所に充てられた。

■愛媛県教育会館
昭和12年(1937)年
愛媛県松山市北持田町131-1
089-941-6274
設計:浅香了輔
施工:高石岩五郎

■松山地方気象台(旧愛媛県測候所)
昭和 3(1928)年
愛媛県松山市北持田町102
089-941-6293
設計:不詳
http://www.jma-net.go.jp/matsuyama/

■日本聖公会 松山聖アンドレ教会
昭和 8(1933)年
愛媛県松山市南持田町103
089-921-1656
設計:不詳
http://wwwb.pikara.ne.jp/mtym-andere/

■愛媛大学教育学部附属中学校講堂「章光堂」(旧松山高等学校講堂)
大正 8(1919)年 設立
大正11(1922)年 建築
愛媛県松山市持田町1-5-22
設計:不詳
https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kunitouroku/fuzokuchuu_koudou.html

木造2階建、屋根は日本瓦葺き、正面はギリシャ・ローマ時代のトスカナ様式の8本の円柱からなる車寄せと、左右対称に設けられた塔で飾られている。外壁はドイツ下見板張り(下見板の張り方の一種で横目地になっている)で、縦長の上げ下げ式窓が整然と並ぶ。1階は8.5mの吹き抜けとなっており、コの字型の2階ギャラリーは20本の白い柱で支えられ、手摺りと相俟って見事な幾何学模様をなしている。昭和25(1950)年、新制愛媛大学文理学部の講堂、昭和38(1963)年、附属中学校の講堂となり、現在も入学式・卒業式・音楽会等の学校行事に使用されている。

■新田高等学校「たちばな館」(旧新田高等学校本館)
昭和 2(1927)年
愛媛県松山市山西町663
設計:不詳

■石崎汽船社屋
大正13(1924)年 竣工
愛媛県松山市三津1-4-9
設計:木子七郎

関東大震災の翌年、大正13(1924)年に竣工した石崎汽船の本社社屋である。建物は、耐震防火を考慮し、当時としては画期的な鉄筋コンクリート造りを採用、2階建で正面は左右対称形、外壁は白色タイル張り、腰人造石洗出し、玄関上に小柄なバルコニー手摺りを張り出し、単純なレリーフをあしらっている。内部一階は高い天井と大理石貼りのカウンターが人目を引く。当初はエレベータを付けることや窓まわりは鉄枠とすることで計画されていたが、予算の都合で実現していない。設計は萬翠荘や愛媛県庁を手がけた木子七郎で、木子自ら施工監督に当たり、細部にわたって技術指導、資材購入にも関与し、荘飾品もすべて大阪で特注した。総工費38,366円、現在だと5億円を超える。

木子七郎 明治17(1884)年~昭和3(1955)年
木子家は代々宮大工の家柄で、父清敬の四男として東京で生まれる。明治44(1911)年、東京帝国大学工科建築学科を卒業、大林組に入社。大正2(1913)年、大阪に設計事務所を開設、関西を中心に活躍した。松山出身の実業家新田長次郎の女婿となったことから松山市内にも、萬翠荘、愛媛県庁、鍵谷カナ頌功堂など、多くの建築物を設計している。

■伊予鉄道 三津駅舎
明治21(1888)年 開業
昭和 7(1932)年
愛媛県松山市三杉町8-19
設計:不詳

◇道後温泉付近の古本屋
https://www.navitime.co.jp/around/category/spot?spotId=00006963&provId=02011&categoryId=0110003&page=1

◇古書猛牛堂(コショモウギュウドウ)
愛媛県松山市岩崎町 2-6-34
089-948-8137

◆松ヶ枝遊廓跡(通称「ネオン坂」) 参考資料①  

◆松山市街・旧青線「土橋」・大街道商店街 参考資料① 

◆三番町と千舟町 参考資料① 

2016年8月2日火曜日

【大分県】豊後高田市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

■尾形医院
大分県豊後高田市宮町1

2016年8月1日月曜日

【大分県】宇佐市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

■美濃歯科医院
昭和初期
大分県宇佐市長洲3702-2
0978-38-1083

■信国商店(旧大分銀行四日市支店)
大正末期
大分県宇佐市四日市1251
0978-32-1160

■河野内科小児科医院
大分県宇佐市四日市1404
0978-32-0479

■旧西馬城(にしまき)郵便局
昭和10年
大分県宇佐市上矢部1353-2
0978-32-0842

■旧末松医院
大正 9年
大分県宇佐市院内町原口

2016年7月28日木曜日

【大分県】別府市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

■野口病院管理棟
大正11(1922)年
大分県別府市野口中町6-33
木造2階建、瓦葺、建築面積563㎡、1棟

東側に尖塔屋根を軸とする左右対称のファサードを持ち,背面に2列に棟が伸び,中庭を囲む構成をとる。グレーのモルタルススペイン壁の上部に白漆喰のハーフティンバーがのる外壁に特徴があり,まちなみ景観のシンボルとして親しまれている。

■京都大学理学部附属地球熱学研究施設
大正13(1924)年
大分県別府市野口原3088-176
煉瓦造地上2階地下1階建棟屋付,建築面積510㎡、1棟
設計:永瀬狂三

中央部に塔屋を持つ煉瓦造の研究施設。平面はL字型である。設計は京大施設部の永瀬狂三。煉瓦の赤と石貼りの白との対照や、イオニア式を模した柱頭飾りを持つ特徴的な外観で、別府湾を見おろすシンボルとして親しまれている。

■別府市朝見浄水場集合井室
大正/1917
大分県別府市朝見2-4141
鉄筋コンクリート造,建築面積14㎡、1棟

八角形の平面になる鉄筋コンクリート造の建屋で,球状の屋根を持つ。正面入口は,円弧状のペディメントを載せたポーチ付きで小規模ながら本格的な造りになる。外壁は石積み風の目地を入れる。独特の外観は,生活近代化の象徴として広く親しまれている。

■別府市朝見浄水場
大分県別府市朝見2-4130-1

▶配水池
大正/1917
鉄筋コンクリート造,建築面積985㎡、1基

別府市の生活近代化を図るため,第1期工事として建設された鉄筋コンクリート造の配水池。石製の笠木を持つなど趣のある造形になる。完成当時2万5千人分の給水が可能であった。別府市の水道史の証として,浄水場内に大切に保存されている。

▶配水池北出入口
大正/1926
鉄筋コンクリート造,建築面積13㎡、1棟

配水池に敷設された管理用の出入り施設。南北2カ所に設けられているが,ともに独立した鉄筋コンクリート造の建屋である。小規模ながら,出入り口に方形の基礎をおいた柱型を配し,独特の柱頭飾をおく等特徴的な細部意匠の建屋として親しまれている。

▶配水池南出入口
大正/1926
鉄筋コンクリート造,建築面積13㎡、1棟

浄水場の敷地の西端に位置する配水池の南北側面の2カ所に敷設された管理用の出入り口の一つ。平面は矩形の建屋で,壁面を洗い出しとし,側面にアーチ型の窓枠を設けるなど小規模ながら建築として扱っている。配水池とともに記念的な施設である。

■別府市朝見浄水場量水室
昭和前/1927
大分県別府市朝見2-4075-5
鉄筋コンクリート造,建築面積17㎡、1棟

高台に立地する浄水場からやや離れた北側の低地に建てられた鉄筋コンクリート造の小規模な建物。基壇風の基礎に正面1間,側面2間に見せる柱頭飾りを置く列柱を配し,アーチ形の窓枠を設けるなど古典様式になる独特の外観は,広く親しまれている。

■聴潮閣佐藤溪美術館(聴潮閣高橋記念館・旧高橋欽哉邸)
昭和 4(1929)年
大分県別府市青山町-45
0977-22-0008
設計 荒金啓治
棟梁 平野介治
浴室のステンドグラスは小川三知

▶主屋
昭和前/1929/1989移築
木造2階建、瓦一部銅板葺、建築面積148㎡、1棟
別府政財界の実力者高橋欽哉によって浜脇の地に建てられた住居兼迎賓館。入母屋造平屋建の玄関棟と,入母屋造2階建の座敷棟より成る。座敷棟の階下は10畳2室,階上は3室を1列に並べ,正面と背面の両側に廊下を付ける。良材を用いた品格ある造りに特徴。

▶洋館
昭和前/1929/1989移築
木造平屋建、瓦葺、建築面積40㎡、1棟
玄関棟の左手から正面前方に突き出した洋館。外観は陸屋根状につくり,内部は2室の続き間として,大理石のマントルピース,ベイウィンドー,ステインドグラスの窓など洋風インテリアの主要要素を備える。大工棟梁は主屋とも平野介治と伝える。

■冨士屋ギャラリー(旧冨士屋旅館)
大分県別府市大字鉄輪字ウカリユ735-1

▶主屋
明治/1898
木造2階建、瓦葺、建築面積361㎡、1棟

別府八湯の中核をなす鉄輪温泉の老舗旅館。東面を正面とした南北棟,寄棟造,木造2階建本館部の南に棟を落とした東西棟,寄棟造の木造2階建が取付く。大正期に南部に入母屋造の玄関を増築するが,東面中央の入母屋造式台玄関跡が当旅館の格式を今に伝える。

▶前門
明治/1898
木造、間口2.1m、1棟

主屋の旧式台玄関に向き合う位置に建つ。かっては,いでゆ坂から敷地東側の石畳を通り,石段を昇って門をくぐるアプローチをとった。間口1間幅の1間1戸,桟瓦葺の薬医門で,敷地東側の道路からは一段高い位置にあって格好のアイストップにもなっている。

▶石段
明治/1898
石造、13段、幅2.1m、1基

敷地東側の石畳道路から前門までの14段の石段。石段幅は前門の間口に対応した2.1mで,踏石には幅40cm,厚15cm程度の板石,側石には15cm角程度の長石を用い,石段北面は亀甲積に近い丁寧な石積面を見せる。

▶石垣
明治/1898
石造、折曲り延長71m、1基

敷地の東辺を限るジグザグ状折曲り延長70m程の石積擁壁で,間に石段1所を設ける。南端から石段の北3m程までは亀甲積に近い丁寧な石積で,その北方は自然石の乱積とする。前門の前の石段とともにかってのアプローチ景観を今に伝えていて貴重。

■竹瓦温泉
昭和13(1938)年
大分県別府市元町16-23
木造2階建、瓦葺、建築面積712㎡、1棟

中央は入母屋造の2階建で,1階が休憩所や脱衣所,2階が床・棚付の畳敷大広間になる。浴室は東側に突出する平屋建で,西側の寄棟造の平屋建は砂風呂になる。変化に富んだ外観や正面の唐破風玄関など,重厚かつ豪華なつくりで,温泉街の象徴的な存在である。

■浜田温泉資料館
昭和前/1935
大分県別府市亀川浜田町3-21
木造平屋建、銅板葺、建築面積145㎡、1棟

亀川海岸砂丘上の共同浴場として建設。東面して建つ桁行14m,梁間8mの木造平屋建で,入母屋造,銅板葺。望楼状の宝形屋根を載せ東面と西面に千鳥破風を飾り,正面玄関を唐破風とする。平成17年の修復工事により片側の浴室上に床を張り展示室とした。

■別府市中央公民館(旧別府市公会堂) ※リニューアル?
大正13(1924)年
大分県別府市上田の湯町6-37
設計:吉田鉄郎

■日本基督教団 別府不老町教会
大分県別府市駅前町2-11

■九州電力健保別府保養所(旧国武金太郎別荘)
大正15(1926)年
大分県別府市上人ヶ浜町53-2

■寿温泉
大分県別府市楠町11-15
営業時間 9:00~12:00 / 15:00~22:00
料  金 100円
泉  質 重炭酸土類泉

■藤原家具漆器
大分県別府市楠町8-13

■友永パン屋
大正 5(1016)年 創業
昭和 8(1933)年
大分県別府市千代町2-29
0977-23-0969
営業時間 8:30~18:00

2016年7月27日水曜日

【福岡県】福岡市(未確認物件)

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所


福岡建築マップ


















■福岡簡易保険事務センター
昭和 9(1934)年
福岡県福岡市中央区大濠公園1-1
設計 大蔵省営繕管財局

■中央気象台 福岡支台
昭和14(1939)年
福岡県福岡市中央区大濠1-2-36
設計 逓信省

■福岡市立大名小学校
昭和 4(1929)年
福岡県福岡市中央区大名2-6-11
   
■福岡県立福岡高等学校(旧福岡県立福岡中学校)
大正 6(1917)年
福岡県福岡市博多区堅粕1-29-1
設計 三条栄三郎
http://fukuoka.fku.ed.jp/Default1.aspx

■福岡警固教会
昭和 4(1929)年
福岡県福岡市中央区警固2-11-20
設計 中村鎮

■福岡社家町教会
昭和 4(1929)年
福岡県福岡市博多区冷泉町6-7
設計 ヴォーリズ設計事務所
   
■バプテスト東福岡教会
昭和27(1952)年
福岡県福岡市東区馬出4-13-15
設計 W・M・ヴォーリズ

■西南学院大学博物館(西南学院本館)
大正 9(1921)年
福岡県福岡市早良区西新6-2-92
設計 W・M・ヴォーリズ
   
■九州大学 工学部本館(九州帝国大学 工学部本館)
昭和 5(1930)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 法文学部本館(九州帝国大学 法文学部本館)
大正14(1925)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 本部第一庁舎(九州帝国大学 工学部第一新館)
大正14(1925)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 本部第三庁舎(九州帝国大学 工学部第二新館)
大正14(1925)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 保存図書館(九州帝国大学 附属図書館)
大正14(1925)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 アドミッションセンター(九州帝国大学 法文学部心理学教室)
昭和 2(1927)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 工学部応用化学教室(九州帝国大学 工学部応用化学教室)
昭和 2(1927)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙
   
■九州大学 工学部航空工学教室(九州帝国大学 工学部航空学教室)
昭和14(1939)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 島岡春三郎、坪井善勝

■九州大学 農学部六号館(九州帝国大学 農学部農芸化学本館)
昭和13(1938)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 國武周蔵

■九州大学 超伝導システム科学研究センター(九州帝国大学)
昭和 6(1931)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 渡部善一(九州帝国大学建築課長)

■九州大学 工学部応用物質化学科別館(九州帝国大学 工学部河海工学実験室)
大正14(1925)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
設計 倉田謙

■九州大学 正門門衛所(九州帝国大学 工科大学正門門衛所)
大正 2(1913)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1

■九州大学 正門(九州帝国大学 正門)
明治44(1911)年
福岡県福岡市東区箱崎6-10-1

■九州大学 医学部正門守衛所(九州帝国大学 福岡医科大学正門門衛所)
明治36(1903)年
福岡県福岡市東区馬出3-1-1
設計 文部省建築課福岡出張所

■九州大学 医学部基礎研究A棟(九州帝国大学 医学部 第一~第三内科教室及び病室)
昭和 6(1931)年
福岡県福岡市東区馬出3-1-1
設計 岩崎圓吾、倉田謙

■九州大学 歯学部臨床研究棟(九州帝国大学 医学部)
昭和 9(1934)年
福岡県福岡市東区馬出3-1-1
設計 國武周蔵

2016年6月11日土曜日

【神奈川県】横浜市(未確認物件)-中区《関内》

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所

参考:週刊 横濱80's

■後日調査物件
神奈川県横浜市中区
※2007.08.04撮影



■後日調査物件
神奈川県横浜市中区
※2016.06.05撮影




















《港町》

《真砂町》

《尾上町》

■加藤電気工業株式会社(前加藤組・旧加藤商店)※解体済
昭和4(1929)年
神奈川県横浜市中区尾上町6-87
R.C.3階
川崎鉄三/大林組


《常盤町》

《住吉町》

《相生町》

《太田町》

《弁天通》

■日本興亜馬車道ビル(旧日本火災海上保険横浜ビル)
大正11(1922)年
神奈川県横浜市中区弁天通5

《南仲通》

■神奈川県立歴史博物館(旧横浜正金銀行本店本館)
明治37(1904)年
神奈川県横浜市中区南仲通5-60
妻木頼黄・遠藤於菟/直営
煉瓦及び石造、建築面積1,998.3m2、三階建、地下一階、正面中央八角塔屋付、ドライエリヤ石塀附属(正面玄関広間以外の内装を除く)、1棟


この建物は明治三十三年着工し、 明治三十七年に完成した石造三階建である。 現在は神奈川県の所有になり、関東大震災で被災したドームを復原し、 一部増築および改修をして県立博物館に使用している。明治三十年代における代表的洋風建築で、外観はよく保存されておりすぐれた意匠をもっている。

■馬車道大津ビル(旧東京海上火災保険)
昭和11年
神奈川県横浜市中区南仲通4-43
大林組
R.C.4階
横浜市認定歴史的建造物


《本町》

■横浜アイランドタワー(旧第一銀行横浜支店、前横浜銀行本店)
昭和4年
神奈川県横浜市中区本町6-50-1(旧所在地⇒中区本町5-46)
西村好時/清水組⇒旧部分
R.C.3階、地下1階
横浜市認定歴史的建造物


■横浜銀行協会(旧横浜銀行集会所)
昭和11(1936)年
神奈川県横浜市中区本町3-28
大熊喜邦、林豪蔵/清水組
R.C.4階 地下1階(4階部分は後の増築)


■旧若尾ビル(現富士ソフトABC株式会社ビル)
大正14年
神奈川県横浜市中区本町4-34
川崎鉄三
R.C.7階 地下1階


■弁六ビル(宇徳ビルディング別館)※解体済
昭和 4(1929)年
神奈川県横浜市中区本町6
http://hama80s.exblog.jp/18451467/


■神奈川県本町通分庁舎※解体済
昭和初期
神奈川県横浜市中区本町4-37
R.C.4階


■富国ビル(旧日本海上保険横浜支店)※解体済
大正9年
神奈川県横浜市中区本町2-21
清水組
R.C.4階


■本町ビル(旧帝国火災支店)※解体済
昭和4年
神奈川県横浜市中区本町5-49
R.C.5階


《北仲通》

■帝蚕倉庫本社事務所(旧生糸検査所倉庫事務所)
大正15(1926)年
神奈川県横浜市中区北仲通5-57
遠藤於菟/大林組
R.C.3階


■帝蚕倉庫第一帝蚕ビル※解体済
昭和3年
神奈川県横浜市中区北仲通5-57
R.C.4階 地下1階
竹中工務店

■帝蚕倉庫北仲営業所事務所※一部解体
大正15(1926)年
神奈川県横浜市中区北仲通5-57
遠藤於菟/大林組
R.C.3階 地下1階
※平成20年、3棟中2棟が解体

《元浜町》

《海岸通》

■東西上屋倉庫※解体済
神奈川県横浜市中区海岸通1-1-25
鉄骨造


■ハマカフェ-HAMA CAFE-(旧㈲マリン商会・旧YOKOHAMA HARBOR MARKET)
昭和5(1930)年
神奈川県横浜市中区海岸通1-1
045-650-6225
営業時間 11:00~23:00
定 休 日 月曜日


■ブルーブルー・ヨコハマ-blue blue yokohama-(旧弁護市事務所)
昭和初期
神奈川県横浜市中区海岸通1-1
045-663-2191
営業時間 11:30~20:30/土日祭日 11:00~20:30
定 休 日
http://www.hrm.co.jp/blueblue_yokohama/


《日本大通》

■大蔵省関東財務局横浜財務事務所(旧日綿実業横浜支店)
昭和2(1927)年
神奈川県横浜市中区日本大通34
渡辺節/佐伯組
R.C.4階 地下1階


■旧横浜居留地煉瓦造下水道マンホール
明治/1881-1883
神奈川県横浜市中区日本大通
外径長4.0m,外径幅3.2m,沈殿槽部深さ2.1m,前後卵形管総延長41.5m附属、1基
明治初年のブラントン設計による陶管下水道を煉瓦造に改造した際の施設。当時神奈川県御用掛の三田善太郎が計画にあたる。日本人の計画になる最初の近代下水道遺構として貴重。2本の中下水卵型管を接続する。大桟橋入口の開港広場に保存展示されている。


■三井物産横浜ビル
明治44(1911)年 1号館
昭和 2(1927)年 2号館
神奈川県横浜市中区日本大通14
1号館⇒遠藤於菟、酒井祐之/直営
2号館⇒遠藤於菟
R.C.4階 地下1階


■横浜情報文化センター(旧横浜商工奨励館)
昭和4(1929)年
横浜市建築課(木村龍雄)/岩崎金太郎
神奈川県横浜市中区日本大通11


■日東倉庫日本大通倉庫(旧三井物産支店倉庫)
明治43(1910)年
神奈川県横浜市中区日本大通14
遠藤於菟
煉瓦3階 地下1階(R.C.造屋根)





■大同生命横浜支店※解体済
昭和7年
神奈川県横浜市中区本町2-15
W.M.ヴォーリズ/竹中工務店
R.C.4階(一部5階) 地下1階


《山下町》

■居留地48番館(旧モリソン商会)
明治16年
神奈川県横浜市中区山下町54
煉瓦造1階(元々は2階)
神奈川県指定重要文化財


■旧警友病院別館(旧露亜銀行横浜支店)
大正10(1921)年
神奈川県横浜市中区山下町51-2
バーナード・マイケル・ウォード


■インド水塔
昭和15(1940)年
神奈川県横浜市中区山下町279 山下公園内
鷲巣昌(横浜市建築課長)/清水組
R.C.造


■インペリアルビル(旧インペリアル・アパート)
昭和5(1930)年
神奈川県横浜市中区山下町25
川崎鉄三/白井工務店
R.C.4階
横浜市認定歴史的建造物


■日本穀物検定協会横浜支部(旧耀堂ビル
昭和 6(1931)年
神奈川県横浜市中区山下町157
山越邦彦(戸田組)/戸田組
鉄筋コンクリート造4階建て


■同發菓子工場
昭和初期
神奈川県横浜市中区山下町
R.C.2階


■旧露亜銀行横浜支店
大正10年頃
神奈川県横浜市中区山下町51-2
バーナード.M.ウォード
R.C.3階


■市立港中学校門柱(旧花園橋親柱)
昭和前/1928
神奈川県横浜市中区山下町241
石造門柱2基、幅5.2m、高さ3.8m、1基
震災復興事業の一環で派大岡川に架けられた花園橋の親柱を移設したもの。高さ約2.8m,一辺約1.2mの石柱と高さ約1.1mの鋳鉄製照明部から構成され、全体的にアールデコ調の意匠が施されている。横浜における震災復興橋梁中の親柱としては最大規模。



■旧警友病院みなと寮※解体済

昭和初期

神奈川県横浜市中区山下町

R.C.3階(3階部分増築)


■日本赤十字社神奈川県支部※解体済
昭和9年
神奈川県横浜市中区山下町70
神奈川県営繕管財課/清水組
R.C.3階


■ユニオンビルディング※解体済
昭和3年
神奈川県横浜市中区山下町75
R.C.2階 地下1階
J.H.モーガン


■ストロングビル-Storong & Co. Far East Ltd.-(ストロング極東株式会社)※解体済
昭和12(1937)年
神奈川県横浜市中区山下町204
矢部又吉
R.C.3階


■タチカワブラインド※解体済
神奈川県横浜市中区山下町205
R.C.2階


■同潤会新山下普通住宅※解体済
大正13年
神奈川県横浜市中区山下町
木造2階


《横浜公園


【神奈川県】横浜市(未確認物件)-中区《山手》

※実際に確認できてない、もしくは写真が撮れていない場所


参考:週刊 横濱80's

■後日調査物件(某女子大のテニスクラブ)
※2007.08.04撮影

この建物は当時からネットを検索してもなかなか出てきません(ToT)。最近観た、NHKの「世界ふれあい街歩き」の横浜編の中でご当地出身者の谷原章介さんが「地元では有名な憧れの女子大のテニス部のクラブハウスですよねぇ」とアナウンスしてらっしゃるのを聞いて大学名はなんとなくピンときました。きっとあまりにもお嬢様学校なので学校側が写真を止められてるのでしょうか?





















■後日調査物件(某女子大のテニスクラブ)
※2016.06.05撮影

















■後日調査物件
※2007.08.04撮影























■山手68番-D館(個人住宅)
昭和 7(1932)年
神奈川県横浜市中区山手町
木造2階建て
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■山手69番館(個人住宅)
大正12(1923)年
神奈川県横浜市中区山手町
木造2階建て
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■山手69番-8館(個人住宅)
昭和元(1926)年前後
神奈川県横浜市中区山手町
木造2階建て
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■山手69番-10館(個人住宅)
昭和 4(1929)年
神奈川県横浜市中区山手町
木造2階建て
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■山手111番館(旧ラフィン邸)
大正15(1926)年
神奈川県横浜市中区山手町111
045-623-2957
J.H.モーガン
木造2階 地下1階
横浜市指定文化財
開館時間 9:30~17:00(7・8月は18:00まで延長)喫茶ご利用時間10:00~17:00
休 館 日 第2水曜日(祝日は開館し翌日休)/年末年始(12/29~1/3)


■横浜山手テニス発祥記念館
平成10(1998)年

神奈川県横浜市中区山手町230 山手公園内
イメージ 1

■横浜市イギリス館(旧英国総領事公邸)
昭和12(1937)年
神奈川県横浜市山手町115-3
045-623-7812
H.B.M. Office of Works Schanghai
大英工部総署(上海ワークオフィス)
R.C.2階 地下1階
横浜市指定文化財
開館時間 9:30~17:00(7・8月は18:00まで延長)
休 館 日 第4水曜日(祝日は開館し翌日休)/年末年始(12/29~1/3)


■外交官の家(旧内田定槌邸)
明治43(1910)年
神奈川県横浜市中区山手町16 「イタリア山庭園」
※旧所在:東京都渋谷区南平台町
木造、建築面積192.9m2、二階建、塔屋付、スレート葺、1棟
J.M.ガーディナー
国重要文化財
開館時間 9:30~17:00(7・8月は18:00まで延長)喫茶ご利用時間10:00~16:00
休 館 日 第4水曜日(祝日は開館し翌日休)/年末年始(12/29~1/3)


■ブラフ18番館
神奈川県横浜市中区山手町16
045-662-6318
開館時間 9:30~17:00(7・8月は18:00まで延長)
休 館 日 第2水曜日(祝日は開館し翌日休)/年末年始(12/29~1/3)


■山手公園管理事務所(旧山手68番館)
昭和 9年
昭和61年 移築
神奈川県横浜市中区山手町 山手公園内
木造1階


■山手214番館(旧スウェーデン領事公邸)


■パークシティ本牧クラブハウス(旧山手250番館/スタンダード石油会社社宅)
昭和 4年
昭和60年 移築
神奈川県横浜市中区山手町
アントニン・レーモンド
R.C.2階 地下1階


■カトリック横浜司教館


■バーナードハウス(旧バーナード邸)
昭和12年
神奈川県横浜市中区山手町
J.J.スワガー/関工務店
木造2階(一部R.C.造)
横浜市認定歴史的建造物
※現在は撮影スタジオとして使用しており、一般公開はしてない。
パイロッツ スタジオ事業部⇒http://studiodiv.pilots.co.jp/


■旧スワンソン邸
大正元年
神奈川県横浜市中区山手町
木造1階
横浜市認定歴史的建造物


■フェリス女学院大学6号館別館
昭和初期
神奈川県横浜市中区山手町68
木造2階


■フェリス女学院10号館(旧ライジングサン石油会社社宅)
昭和4年
神奈川県横浜市中区山手町38
アントニン・レーモンド/ベドリッヒ・フォイエルシュタイン/清水組
R.C.2階


■旧ゼーリッヒ邸※解体済
神奈川県横浜市中区山手町
木造2階


■神奈川日冷山手営業所(山手町184番)※解体済
大正13年
神奈川県横浜市中区山手町184
木造2階
明治12年、ウォーターズ兄弟によってこの場所で始められた機械製氷会社「ジャパン・アイス・カンパニー」は、2年後にオランダ人に買収され「ヨコハマ・アイス・ワークス」と名前を変えるものの、そのまま営業は続行された。その後、明治29年に「横浜製氷株式会社」に譲渡されると、大正元年には「帝国冷蔵」に経営権が継承され震災で建物が倒壊するも、すぐさま再建されて解体(平成13年)前の「神奈川日冷山手営業所」に至る。


■セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジ旧校舎※解体済
大正12年
神奈川県横浜市中区山手町85
R.C.造3階 地下1階
宮内建築事務所


■セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジ講堂兼体育館※解体済
昭和9年
神奈川県横浜市中区山手町85
J.J.スワガー/関工務店
R.C.造2階 地下2階