2014年4月4日金曜日

【関連書籍】流転の海 第二部 『地の星』

◆地の星 ―流転の海 第二部―
宮本輝(著)
新潮文庫
ISBN :978-4-10-130751-0
C-CODE:0193
発売日:1996/02/28





















―――関西は、いま最も寒い時期を迎えたが、自分も妻も息災に暮らしている。商売のほうも、朝鮮戦争が終わった直後は、少し暇な時期があったが、去年のあたりから、得意先の方も増え、従業員も六人に増えて、まあまあ順調と言えるようだ。

きょう、このような下手な字で手紙をしたためたのは、余計なこととは知りつつ、松坂の大将は、もしかしたらこのままずっと、愛媛県の南宇和の郷里で一生をすごすかもしれないと言われた。しかし、気が変わって、再び大阪に戻られることがなきにしもあらずと思い、二つの土地と家が売りに出ていることをご報告する次第だ。

一件は大阪市北区中之島七丁目で、大阪中央市場と橋ひとつ隔たったところにある三階建ての鉄筋コンクート作りのビルだ。ビルは、堂島川と土佐堀のあいだの、土佐堀河畔に建っている。西へ行くと安治川沿いに大阪湾に達し、東へ行くと淀屋橋や北浜へつながる。北は玉川町から野田阪神へ。南は、本田町から九条へとつづく。説明するまでもないが、大阪市北区の最西端の要の様な立地条件で、ビルの斜め向かいには、電電公社の社屋もある。土地は百四十二坪。
現在、中之島は1~6丁目なので、
中之島7丁目という住所はありません。
でも、この辺りかなぁ?



















このビルの持ち主は、戦争中に疎開したまま消息が絶えているのだが、持ち主の知人の話によると、このまま疎開先で暮らしたい意向のようで、いっときも早くビルと土地を売りたがっているらしい。

ビルは、戦後すぐに進駐軍に接収され、一階にも二階にも三階にも水洗便所が取りつけられている。土佐堀川にそのまま船を出せる地下室まであるのだが、それは米軍が接収したあと、何等かの理由で作られたそうだ。

もう一軒は、大阪市福島区上福島三丁目。昭和二十四年に建てられた木造の家で、土地は百二十坪。福島西通りの交差点の西側の角地にある。メリヤス問屋の店舗兼住居だ。持ち主の家庭の事情で、ことしの夏に岡山県に引っ越すことになった。だから、今年の八月末までは、いまの持ち主が住み続けるという条件つきだ。
















この場所は、桜橋や梅田新道にも徒歩で行けるほどの立地条件で、松坂の大将もよくご存知のように、自動車の中古部品屋が軒を並べている。

どちらも価格に大差はない。自分はもし松坂の大将が大阪に戻って来る意志があれば、このどちらかの土地と家屋をお勧めしたいと考える。

いずれにしても買手は殺到してるので、松坂の大将のご意志を早急に知らせていただければありがたい―――。

-宮本輝「流転の海 第二部『地の星』第七章」丸尾千代麿の手紙-