2015年4月23日木曜日

心眼寺-大阪市天王寺区(2015.04.19)

■心眼寺
元和 8(1622)年
大阪府大阪市天王寺区餌差町2-22
山 号 真田山
※2015.04.19撮影

◆大阪高低差学会2015春のフィールドワーク「真田丸の高低差を歩く!」





















元和8(1622)年4月、白牟和尚が戦国武将真田幸村父子の冥福を祈り堂宇を建立したのを嚆矢とする。境内地は幸村が戦捷をおさめた大坂冬の陣の大阪城出丸城郭跡で、幸村鎧掛けの松の木もあったが、昭和20(1945)年の大阪大空襲により堂宇ともども焼失した。創建から寺の定紋は真田家家紋の六文銭とされ、山号は真田山と称する。復興をみた現在の山門扉にも、定紋の浮彫が鮮やかである。