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2016年6月13日月曜日

【食べログ】花家-東京都台東区(2016.06.04)

■花家
東京都台東区西浅草1-1-18
営業時間
定 休 日 水曜
※2016.06.04撮影






【食べログ】椿屋珈琲店 有楽町茶寮-東京都千代田区(2016.06.04)

■椿屋珈琲店 有楽町茶寮
東京都千代田区有楽町2-7-1 有楽町イトシア 2F
03-6259-8610
営業時間 9:00~23:30(L.O.23:00)
定 休 日 不定休(有楽町イトシアに準ずる)
※2016.06.04撮影
















《この日(4日)の行動》

◆新大阪











  ↓
(新幹線)
  ↓

◆東京駅

  ↓
(山手線)
  ↓

◆神田
大正 8(1919)年
東京都千代田区鍛冶町2
















  ↓
(銀座線)
  ↓

◆田原町で下車、荷物をロッカーに入れて、昼食
















  ↓
(銀座線)
  ↓

◆神田

  ↓
(山手線)
  ↓

◆有楽町



















◆サンマルクカフェ 有楽町ビル店
東京都千代田区有楽町1-10-1 有楽町ビルB1F
03-6266-9309
営業時間 月~金 7:30~22:00 /土 8:00~~21:00/日・祝 8:00~20:00
定 休 日 無休

14:30 東宝前で友人Nさんと待ち合わせ「椿屋」で打合せ
18:30 再び東宝前でTさんと待ち合わせ、NさんとTさんを引き合わせた後、Nさんとお別れ

◆銀座

  ↓
(銀座線)
  ↓

◆田原町

19:20 ホテルのチェックインを済ませて、Tさんと再び八幡神社の前で待ち合わせ夕食
02:30 ホテルに戻って就寝

2016年6月12日日曜日

【食べログ】串バー 山三-東京都台東区(2016.06.04)

■串バー 山三
東京都台東区西浅草2-27-1 伊藤ビル1F
050-5570-8078 ※予約専用番号
03-3847-0076 ※お問い合わせ専用番号
営業時間 17:00~0:00
定 休 日 木曜日
※2016.06.04撮影










【ホテル・旅館】ホテルニュー栃木屋-東京都台東区(2016.06.04)

■ホテルニュー栃木屋
東京都台東区浅草2-22-2
※2016.06.04撮影
※2016.06.05撮影

じゃらんでは「ビジネスホテル」となっていましたが、、、(笑)






【食べログ】ドトールコーヒーショップ 田原町駅前店-東京都台東区(2016.06.05)

■ドトールコーヒーショップ 田原町駅前店
東京都台東区西浅草1-1-16 カーサ田原町
03-3841-0943
営業時間
定 休 日
※2016.06.05撮影




2016年6月9日木曜日

JR東京駅丸の内駅舎-東京都千代田区(2016.06.07)

■JR東京駅丸の内駅舎
明治14(1881)年
大正 3(1914)年
平成24(2012)年 改修
東京都千代田区丸の内1-9-1
辰野金吾・葛西万司(辰野葛西建築事務所)/大林組
鉄骨煉瓦
※2016.06.07撮影
今回は、東京駅の外に出ていないので改札内から撮影



中央線下車ホームから




2016年5月5日木曜日

【明治村 25】北里研究所本館・医学館①-東京都港区(2016.04.30) ◎外観・内装

■北里研究所本館・医学館
大正 4(1915)年
旧所在地 東京都港区白金
博物館明治村3丁目25番地
※2016.04.30撮影















【明治村 25】北里研究所本館・医学館②-東京都港区(2016.04.30) ◎外観・内装

■北里研究所本館・医学館
大正 4(1915)年
旧所在地 東京都港区白金
博物館明治村3丁目25番地
※2016.04.30撮影






























★以下は、画像整理用覚書

八角尖塔を頂く木造二階建のこの建物は、日本の細菌学の先駆者北里柴三郎が大正4年(1915)芝白金三光町に建てた研究所の本館である。

古代ギリシャのヒポクラテスを祖としてはじまった西洋医学は臨床学的、解剖学的な発展を遂げるが、微生物の存在については17世紀半ばに至るまで学者の想像の域を出ていなかった。1683年になってオランダ人レーベンフックが単式顕微鏡を使って、はじめて「小動物」(微生物)を確認、その後、顕微鏡の発達が微生物研究の進展を促し、19世紀後半パスツール、コッホらにより病気と微生物との因果関係が明らかにされるに及んで、基礎医学の一重要分野である医学的細菌学の確立をみた。

東大で医学を修めた北里柴三郎はドイツに留学、コッホのもとで、細菌学を研究し、破傷風菌の培養、破傷風の血清療法によって学界に認められた。帰国した翌年、明治25年(1892)福沢諭吉の後援を得て日本初の伝染病研究所を設立、大正3年(1914)同研究所が東大に移管されると野に下り、独自にこの北里研究所を創立した。
北里自身が学んだドイツの研究所に倣い、ドイツバロック風を基調に新時代の様式を加味した建物である。屋根は腰折屋根で天然スレートを葺き、小屋裏に明かりを入れる屋根窓を配している。
木造総二階建のこの建物は本来左翼の長いL字形であったが、移築に際し左翼屋を除いて復原している。上下階とも廊下が建物の南面(前面)に通されているのは顕微鏡観察のための措置で、光を変化の少ない北面から採り入れる方が良いとの考えによるものである。腰折屋根を作る小屋組は洋小屋クイーンポストトラスの変形である。

車寄上部には北里柴三郎が発見した「破傷風菌」と平和のシンボル月桂樹をあしらった紋章が取り付けられている。これは現在も北里学園の校章とされている。


レーベンフックについで、ロバート・フックによる複式顕微鏡が反響を呼んだ。当時鎖国下であった日本へは、まず長崎からもたらされ、身近な生物を研究材料に観察がはじめられた。
明治維新前後から各種の検査所、試験所が設けられると、改良の進んだ顕微鏡が次々に導入された。北里研究所本館・医学館内には、多数の顕微鏡を展示している。