大正 8(1919)年
旧所在地 ブラジル・サンパウロ州 レジストロ市
博物館明治村4丁目39番地
※2016.04.30未確認(ToT)
★以下は、画像整理用覚書
明治41年(1908)の日米紳士協約により、アメリカへの新規移民が大きな制約を受けるようになると、代わって南米への移民が開始され、明治41年(1908)には781名の日本人が契約労働者として笠戸丸ではじめてブラジルへと渡航、サンパウロ周辺でコーヒー栽培に従事した。その後、ブラジルへの移民は年々増加し、昭和初年の最盛期にはその数は年間二万数千人にも及んだ。