明治40(1907)年
旧所在地 石川県金沢市小立野
博物館明治村5丁目62番地
※2016.04.30撮影
★以下は、画像整理用覚書
金沢監獄では、広い敷地の北半分が管理のための建物群で占められ、南半分に舎房が置かれた。ここでも洋式舎房が採用されており、八角形の中央看守所を中心に、左右及び正面奥と左右斜め奥に五つの舎房が放射状に配され、右の舎房から順に第一、第二...第五舎房と名付けられた。
移築復原に当たっては、先の正門と中央看守所、第五舎房の一部だけが遺されたが、当時の洋式監獄の形を十分にうかがうことができる。
移築復原に当たっては、先の正門と中央看守所、第五舎房の一部だけが遺されたが、当時の洋式監獄の形を十分にうかがうことができる。
木造桟瓦葺で外壁に洋風下見板を張り、中央看守所の窓には上ゲ下ゲ硝子戸を建て込んでいる。外見上は普通の西洋館の外壁と変わらないが、実は三重壁になっており、内外が厳重に区切られている。建築技法だけに限って考えると、近代の防音、断熱の先駆的な実例とも言える。看守所上部の見張り櫓へは小屋裏を抜けて昇るようになっており、その高さは地上高12mに達する。
広い廊下の左右に独居房の重い扉が整然と並ぶ第五舎房の内部。扉の上には換気用の小窓が開けられ、衛生面に留意したことがうかがわれる。小屋組も合理的に設計されており、大梁の廊下部分は鉄筋に置き換えて組まれている。長い廊下の見通しを良くするための配慮であろう。
差渡し14mの広い中央看守所の中央には看視室が置かれ、ここから各舎房の廊下が一目で見渡せるようになっている。現在ここに置かれている看視室は金沢監獄のものではなく、網走監獄で使われていたものである。